“えっ! どうしてロシア極東なんかに行ったの?”ですか?
「ロシア!?」「ハバロフスク?、ウラジオストック?」「なんで?」 答え(その1):行った事ないから (その2):涼しそうだから です!!
ゴールデンウィークも終わり、5月も半ば頃になると、 「ねぇ、お盆に海外に行くならもうそろそろ飛行機予約しないと…」 という会話が出る。−私から!
“結婚して数年は、ゴールデンウィークとお盆に海外に行くなんて普段の2倍以上もするのだから馬鹿馬鹿しい” と思っていた。 でも、ここ2、3年で考えを変えた。 この時しか会社を休めないのだからしょうがない。行きたい時、行ける時に行かなくて、いつ行くんだ! 何より、健康じゃなくては海外なんて行けない。仕事があるから資金がある訳だし。そう! この先会社がずっとある保証もない?。 ひぇっ!!
「涼しいとこがいい」主人のこの一言で、ロシアがクローズアップ! しかし、5日間なので、ハバロフスク4日間だけでもいいかなぁ…と思いつつ、情報集めをする。 “地球の歩き方ロシア編”に広告を出している数社にエアー代を尋ねるが、どこも殆ど同じ。その他の資料を送ってもらう。 マイナーな地域は、格安航空券を専門に扱っているH社、A社などは全く頼りにならない。折り返しの連絡の上、高い。
新潟、富山からロシア極東への飛行機は出ているのだが、週に2便だけ。 ホテルのリストが豊富だったB社に電話してみると、13日金曜日の行きの便は取れるが、帰国便がもう既に一杯との事。 なんてみんな早いんだ…。 ここで、頭が白紙状態になってしまったのを、水を得た魚の様に“シャキ!!” とさせてくれたのが、B社のKさん。 彼は、たまたま早く出社していただけの様で、予約担当ではない様だった。 しかし、
「13日にハバロフスクに飛んで、17日にウラジオストックから富山に戻ってくるというのはいかがですか?」 「富山?」「結構、そういう方いますよ」 「あ!! それなら、ハバロフスクからウラジオストックまで、シベリア鉄道で1泊して移動出来ますよね」「はい」
いやぁ、実にいい提案だった。 ハバロフスク4日間だけよりもずっといい! 決まり!! なんてったって、寝台列車大好き人間の私たち。カナダ、中国、トルコに続く4か国目の夜汽車。考えるだけで、 うふっ!となった。
で…………!
8 月 14 日
“夜遅くまで明るい=朝遅くまで暗い” だった。 関東の夏は、4時半頃からもうあかるくなり始め、5時には早朝になる。 しかし、6時半に目が覚めると、まだ暗かった。 8時半過ぎに起きる。 出歩く前に少し予習。 しかし、ロシアのガイドブックなどは殆どない。 “地球の歩き方”とホームページをプリントアウトしたものだけ。
部屋にある電話で、現地旅行会社に電話をしてみる。 誰かがロシア語で何かを言っている。…がわからない。 帰国便のリコンフォームも今日しなければならないので、電話をしてみるが… 英語が通じない。 はぁ〜。
“いいやぁ…。どうせD社に直接行って確かめれば…”という事で、ホテルを出発。初めに歩いて10分ぐらいの所にある、 中央市場へ。 大きな体育館の様な建物の中に、肉、野菜、魚、パンなどの売り場が一杯。 丸太の上に、肉の塊を置いて、オノの様なもので切っている。 ひとかたまり、小さいものでも1kgはありそうだ。 “これ自分で切るんだよねぇ…もちろん”
「このシャブシャブ用の肉、ちょっと厚めじゃない!」 などと、言っている日本の主婦を彼らがみたら、さぞ驚くだろう。
パンを1個買う。 菓子パン2個分ぐらいの大きさでハート型。2.8ルーブル(約13円) 「うわ! いくらが山盛りだぁ…え! そんなに一杯で500円!」
キムチなどを売っているのは、韓国朝鮮系の人達。 かなり、アジア系の人が多い。でも、日本語は話せない。
外でも、食料品、日用雑貨の露店が一杯だ。 タマゴは30個売で15〜30ルーブル(75〜150円)。 安いが、特に欲しいものはない。
市場の裏に路面電車の線路があったので、ハバロフスク駅に行ってみる事にした。時刻表を見れば、明日の汽車の出発時間が 確認できるし… ハバロフスク駅まで、2ルーブル(10円)。 やすい! 駅は結構地味。誰でもホームに勝手に入れる。 時刻表らしき表示板も、その他の文字もすべてロシア語。 でも見つけた。 “ハバロフスクーウラジオストック 12:10” ぎぇ〜! やっぱり昼? “Infornation”と言う英語の表示がある窓口に行ってみるが、 英語は通じない…。
やはり、D社に早く行こうと駅を出たその時、 「日本語だったような…」「えっ?」 主人が、すれちがった集団から日本語が聞こえたと言うのだ。 急いで引き返す。 4、5人の日本人らしき人と、1人のロシア人がいた。思わず、 「日本人ですか?」「はい」「すみません、時刻表の見方分かりますか?」 「明日の夜行の出発時間が12:10になっているのですが」と尋ねると… 「モスクワ時間ではないですか?」 ああああっ、そうか!!
モスクワとハバロフスクは時差が7時間あった事を忘れていた。 汽車の時刻はモスクワ時刻になっていることが多いとどこかにも書いてあったのに…すっかり忘れていた。 ふぅ!助かった。 でも一応、D社には行ってみようと思った。 ここまで石橋をたたいているにはそれなりに訳がある。 そう、中国で、北京から上海への夜行寝台に乗り遅れた苦い経験がそうさせるのである。
ハバロフスクからバスに乗って、まずアムールホテルを探す。 路面電車にもバスのなかにも料金を集める女性が乗っている。 これはとてもいい事だ。と言うのは、お金を払う時に自分達が行きたい所を地図で指差しておくと、 ちゃんと降りる場所になると教えてくれるのだ。 バスも2ルーブル(10円)。
教えてもらった所で降りる…が、アムールホテルは一体どこだ………。 何人かに聞きながら、やっとの事で到着。 しかし、ここのホテルのフロントも英語が通じない。 B社がスケジュールに記載してあるD社の住所と会社名もすべて英語。 ここで私の秘密兵器登場! なぁーんて。 ロシアのビザを取るには、バウチャーの他に、現地旅行社のリファレンス(予約保証書)が必要だ。 このリファレンスはすべてロシア語記載で、ビザを取る時、ロシア大使館に提出するともう戻って来ないので、 大使館に行く前にコピーを取っておいたのだ。 ここにロシア語でD社の住所が書かれていたのでこれを見せると、すぐに表情が変わり、場所を教えてくれた。
それでも、それからすぐにD社がわかった訳ではなかったが、どうにか到着。 D社は2階建てのビルの2階だった。 1階には、洋服の倉庫の様なものがあり、“オフィスビル”という感じではない。階段を上ると、鉄柵がしまっていて… “え!閉まってるの?”
するとどこからか、一人の女性が…。 「すみません、D社はここですか?」「Yes」 “うわ〜〜〜〜!!英語が通じる!!” 超喜ぶ。 ここに来た訳を話すと、「どうぞ」と言ってくれて鉄柵を開けてくれた。 あれは、用心の為の鉄柵なのだろうか?
D社はワンルームだけの様だ。机が3つにパソコン2台。 我が家にもある様なファックス1機。 彼女一人。 私たちの今回の旅の手配を担当した人はいなかった。 汽車の切符の時間は、やはりモスクワ時間だった。
「電話代お支払いしますので、ウラジオストックにリコンフォームしていただけませんか?」とお願いする。 彼女は快く引き受けてくれたのだが…。 「誰もでないわ。月曜日にウラジオストックに行ってからでも大丈夫ですよ」 「…………」心配だが、しょうがない。 それよりも「何も心配しなくても大丈夫よ!どうぞハバロフスクを楽しんで下さい」と言った。 そりゃそうだろう。わざわざ半日掛けて旅行会社を探してくる旅行者なんてそうはいないだろう。 何かトラブルにあった訳でもないのに。 でも、少しでも不安な事があると、心からリラックスできないし、こういう風に街を探しながら歩き回る事によって、 街を次第に把握していくのも楽しい事なのだ。私たちの旅の目的は、観光地見物ではなく、街を歩き回る事なのだから。
親切な彼女に、ロシア料理の美味しい店、アムール川遊覧船、ウラジオストックの担当者の連絡先などいろいろ教えてもらった。 特に、次の日夕方の汽車の時間まで、ホテルをチェックアウトした後、ホテルに荷物を預かってもらえるかどうか、 わざわざ電話で確認し、その上、ロシア語でその事を書いた紙までくれた。 やはり、言葉が通じると解決するのが早い。 トイレまでお借りして、電話代を払おうとすると 「市内電話は無料だからいい」という。 お礼に日本からこんな時の為と思って持って来ていたストッキングをあげた。 “ロシアではストッキングが高い”って何かで読んだ事があったので。 確かに、一番安いものでも1足60ルーブル(300円)していた。 これはロシアの物価からすると非常に高い。日本と10倍以上の賃金格差がある訳だから、ストッキング1足、 3、000円ぐらいに感じるのだと思う。
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